校註 祝詞 (保田与重郎文庫)

保田與重郎は、戦前、「日本浪漫派」を主宰した文芸評論家で、ロジックの明晰性を求めながらも、わが国の中世古典の連綿たる文体を継承するかのような独特の文体の評論で有名であった。氏の明晰性の片鱗は、エヴィデンスとなる個々の事例を提示せずにおれない、その博覧強記ぶりにも表れている。氏の代表作『日本の橋』（本文庫1）は、西欧の堅固な石橋と対比しながら、古典に登場する日本の橋について、自然の延長のような「哀れに脆く加へて果敢ない」ありように見出される「優雅にして深遠な哲学」を縦横無尽に論じており、近代評論で独自の評価を得ている。本書『校註祝詞』は、『延喜式』巻第八所載の「祝詞（のりとごと）」と、藤原頼長の日記『台記別記』所載の「中臣壽詞（なかとみのよごと）」を収録し、保田與重郎が、「最も穏健細心で、しかし学者的我意の少い」（ｐ148）訓読として、賀茂真淵、本居宣長、鈴木重胤の説に従い校註を行ったもの。本書の残り約2/3を占めるのは、祝詞に関する保田與重郎の評論であり、たとえば、「祝詞」の成立年代について、その「現形は、神祇式の成立する時代に即して大体に整備せられて、延喜の御代におちついたのであらうといふ、宣長の漠然とした説に従ふのが妥当である。」（ｐ97）などと冷静な評価を行っている。本書の内容は相当学術的で、一部に戦時中の切迫感も加わるため、著者の態度は終始謹厳である。本文はすべて旧字・旧仮名で、文庫本サイズながら、フォントはたいへん読みやすい。